第70回 広島平和記念式典へ参列してみて思うこと

どうも、松浦です!



今日はいつもと違うスタンスで書いてみようと思います。


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広島では今日は特別な日なんです。



皆さん、ご存じだと思いますが、

昭和20年8月6日午前8時15分、原爆の投下。



こんな大きなことも時間の流れとともに、

風化しつつあるようです。




そんな惨劇から早70年。



逆に言えばたった70年前の出来事です。



今日は生まれて初めて平和祈念式典に参列しました。



広島に住んでいながら一度も参列していないことが心に引っかかっていたので、

今年こそはと思って参列しました。



服装は白シャツでスーツ。



遺族などの関係者らしき方は喪服の方が目につきました。



でも多くの方は普段着姿だったので、

思ったよりカジュアルな感じでした。



中にはヨレヨレのTシャツ姿(ヒッピー風をさらにヨレヨレにした感じ)で、

自分の価値観を主張されている方も。。。




主張するのは自由だけど、

主張に耳を傾けてもらいたいなら、

もう少し身だしなみというものを意識してはどうだろうかと思ってしまう。



式典なんだし、やっぱりTPOは大事にして欲しいと思います。



そして主張の押し付けみたいな団体も多くて、

式典中もどこからかスピーカーから声が聞こえてきます。



ちょっと残念。



さすがに黙とう中は静かだったけど。



黙とうを終えて目を開けてみた街並みや空は見渡す限り平和な景色。

空はとても晴れ渡っていました。



自分が立っている場所で、

原爆の惨劇があったとは思えないぐらい平和です。



生まれた時代が少し違うだけで、

こんなにも境遇が違うんだなと。



戦後70年という言葉をテレビで何度も耳にします。



戦後100年、1000年とずっと言える時代が続く為に、

今日の1日があるんだと思います。



余談ですが私の祖父と祖母は、

8月6日の当日に田舎から映画を見に行こうとしました。



自分が思っているより普通の生活があったんだなと。



だけど祖母が当日になって、

「行きたくない」と祖父に何度も言って訴えたそうです。



結果、1本遅い電車に乗ることになり被ばくを免れました。



こういうのが虫の知らせというやつなんでしょうね。



これがなければ、

間違いなく爆心地付近で映画を見てたはずなんで。



もしそうなっていたら、

自分はこうして生まれてきてないわけなので。



正に、時間が祖父母の生死を分けたんですよね。



そう思うと色々な偶然が重なって、

今の自分が存在しているんだなと実感できます。



そして、最後に。



私が折鶴の折り方が分からず(折り方忘れてしまいました)、

折り方の紙を覗いていた時に、

わざわざそばに来てくれ丁寧に教えて下さった女性の方がいました。



その方は特にボランティアの方でもありません。



多分ですが、言葉を一言も発されなかったので、

声が出せれない状況にある方なのかなと思います。



その方は自分の折り紙を一緒になって折ってくれながら、

見本を示してくれて最初から最後までお付き合いくださいました。

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こういう優しさが人の心を和ませ、

平和につながるのだと思います。

 

これからも負の連鎖ではなく、

正しい平和が連鎖していくことを願ってやみません。



~編集後記~

あらためて平和な時代のありがたさを感じました。

そして日本中が荒廃した中から、

今の日本の繁栄を作った日本人の底力の凄さは本当に素晴らしいと思います。

今日はいつもとは違う内容ですが、

式典に参加した1人として平和に貢献できたらと思い書きました。














第70回 広島平和記念式典へ参列してみて思うこと

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